PENTAX写真生活


by ryua210

カテゴリ:写真生活( 159 )

赴任

ハンブルクへ、赴任します。自分の中の礼儀として、ロンドン経由。予定より2時間遅れで、9時過ぎにハンブルクに着きました。疲れはあまりないですが、心の中は不安を満載しています。これからの仕事が、どうかうまくいきますように。
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Optio S5z
F2.6 1/40s
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by ryua210 | 2007-02-25 22:45 | 写真生活

2週間たって

また同じ話題というのもなんですが、そらがきれいだった。
最近行ってみた市の体育館のプールが、荒川の近くにあって、そこからの夕日の眺めが実にすばらしい。視界が開けて見晴らしがよく、眼前に広がる田んぼが夕照に輝く様子などは見事である。今日も例によってプールで泳いだあとその土手から日の入りを眺めていた。あらかじめ日没の時刻を調べ、それにあわせて泳ぐので、、ああ、日が沈む前に15往復泳がねば、などと考えているとまるで走れメロスのような心境になる。
秋も本番に近づき、ずいぶん空気が澄むようになったと思う。今日ははるか向こうに富士山がくっきり見えるというシーイングのよさだった。昨日雨が降ったせいか、田んぼには水が溜まりそれが夕日に照らされるという、都会とは思えないような景色を拝むことが出来た。こんな場所に自転車で15分でいけるとは、この家の選択は間違っていなかった。

たくさん写真を撮ったので、ここにアップしてみました。

http://www.geocities.jp/ryua210/photoalbum-061008sunset.htm


人二人 夕焼けに酔う 風寒し (劉英)
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by ryua210 | 2006-10-09 23:17 | 写真生活

Autumn has come

昨日も今日も空がきれいだった。
秋来たりぬ、という感じで気持ちがいい。
よく好きな季節の順番を考える。
すると季節を単純に春夏秋冬の4つには分けるのは無理があるということに思い至る。
夏といっても初夏があり盛夏があり残暑があり、そしていつの間にか初秋になる。
だからだいたい(と僕は誰にも頼まれてないのに)季節を初春、陽春、晩春、初夏、盛夏、残暑、初秋、仲秋、晩秋、初冬、大寒に分ける。
すると僕が好きな季節は初秋、晩秋、初春あたりかなあ、と思う。

初秋はまさに今、あの暑い夏が終わり、去ってみると何か祭りのあとのような淋しさを味わいながらも、涼しい空気がさわやかで、なんとも心地よい季節だ。
晩秋は落ち葉が風に吹かれてからからと道路を吹き飛ばされるような寒さと少し暗めの雰囲気が物憂いけれど、そんな空気とは反対に、暖かい部屋の中で紅茶でも飲みながら読書をしたりぼんやり過ごす秋の夜長はこれまた幸せを実感する時間でもある。
初春はあの寒い冬が終わり空気の中に少しだけ温かみが混じる。道端や花壇では草花が徐々に顔を見せ始める。生命の始まりを感じるような季節だ。それでもまだぴんと張り詰めた冷気が気持ちいい。

まあ要するに今という時期はいちばん好きな季節のひとつで、僕は日々気持ちよさを味わっているということだ。
夕暮れ空の透明な色に見とれていた。

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PENTAX ist DS
DA18-55mm
F3.5
1/250
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by ryua210 | 2006-09-24 23:16 | 写真生活

川越

町並みというものに関して、ヨーロッパ人は非常に高い意識を持っていると思う。パリやロンドンといった超大型都市から南仏やスコットランドといった田舎に至るまで、その景観の美しさといったらもう本当にすばらしいものがある。まあ言わば、欧州人の心のふるさとをしっかりと保っているというか、そういうものに対して非常に高い価値を見出している。これこそが僕がヨーロッパを愛してやまない理由だ。僕なんかはイギリスの住宅街を見ているだけでも惚れ惚れしたりする。彼らは多分、相当な努力をしてそういう町を作ってきたのだと思う。翻って日本では、東京だろうが郊外だろうがこのような「景観に対する意識」というのが大変低く(と僕は思う)、てきとーに建物を立てているような気がする。それはまあ、ここ100年ほどは常に、追いつけ負い越せの現代化一直線の道を脇目もふらずに進んできたからで、状況を考えれば仕方がないかもしれない。でももうそろそろ、日本人の心のふるさとを大切にする街作りへと、価値観を転換させてもいいのではと思う。
あるとき僕は何かの雑誌で、江戸時代の街並みが写った一枚の小さな写真を見たけれど、その瞬間に不思議なほど心がふんわりと癒された覚えがある。こういうので結構、安らぎとかゆとりを得られるんじゃないのかなあと思った。僕もこれまでいい町並みのいい「日本」をいくつか見てきた。山口県の萩城下町、岡山県の倉敷美観地区、神奈川県鎌倉、そして近くは埼玉県川越。
多少作られた観光地の感も否めないけれど、こういう町をたくさん作る努力は、すごくいいことなのではないかなあと思う。

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PENTAX ist DS
DA18-55mm
F5.6
1/20
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by ryua210 | 2006-09-19 23:44 | 写真生活

うちの庭

最近は写真に対する渇望が強く(これはとてもいいことだ)、被写体に飢えていた僕は先日の土曜日、自転車を漕ぎこぎ何かいいものはないかと浦和のあたりを走り回っていた。けれども天気は悪く撮りたい物は何もない、結局5時間ほどして収穫なく帰ってきた。あぁあと思って次の日、遠出はあきらめてうちの庭をぶらぶらと歩き回って見た。まあそうすると雑草の花は咲いているしハチは飛びチョウが舞いトンボまでぶんぶんと遊泳するという、被写体の宝庫だということが分かった。灯台の足元をなめてはならない。これからはしばらくここで楽しめそうだと思った。コスモスなんか咲かないかなあ。

ちなみにこのうちの庭、ほんとのところはベランダの下に広がる市民農園です。まあうちの庭みたいなもんだな。

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PENTAX ist DS
DA50-200mm
F5.6
1/500
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by ryua210 | 2006-09-18 22:13 | 写真生活

漁港で

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我が家では前の畑からこおろぎや鈴虫の大合唱が心地よく響く、初秋の夜遅くでございます。
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by ryua210 | 2006-09-05 00:20 | 写真生活

ゴールデン

自分ではいまさら言うまでもないことだが、僕は生粋のイギリス好きで、その反動としてアメリカにはあまり親近感を持っていない。それはまあ、イギリスに激しく共感するあまり、イギリス的な要素を持ち合わせていない同じアングロサクソンの国に興味を持てない、という程度のもので、アメリカ嫌いというのともまた少し違う。とはいえ去年の2月出張で始めてアメリカに行ったとき、それはびくびくした。アメリカに対してはあまりにも無知だったから、空港で、たとえばきょろきょろしているだけで連行されるんじゃないかとか、人とぶつかっただけで裁判を起こされるんじゃないかとか、まあそういう勝手な想像をして一人でどきどきしていた。結局、そのときの僕の印象としては、アメリカ人は思ったより全然いい人たちで、むしろ僕はイギリスにいるときより黄色人種であることを意識することが全然なかった、という意味では気持ちがよかった。それとアメリカの大きさにはほとほとあきれた。大きさというのは、物理的に土地が広い、ということです。よきにつけ悪きにつけ、あの大きさこそアメリカという国を存立せしめるためのいちばんの要件ではないかと感じられた。

さてそんな大きなアメリカに、ゴールデンという村(といっていいと思う)がある。デンバー郊外にあって、僕は立った1泊だけここに泊まった。ある人はここを「寂れた日本の温泉街のようだ」と称したらしい。しかしまあ、その村が、僕にとって居心地のよかったことよかったこと。24時間も滞在していないけれど、その村こそ僕にイギリスを思い起こさせるようなこじんまりとした町並みやきれいな小川のせせらぎを持ち、目の前には壮大なロッキー山脈を控え、芝生の上ではアヒルが休息しているという、いやがうえにも心が休まるような場所だった。大げさに書いたけれど、大きなアメリカの中では特に印象に残った場所だった。時差ぼけの取れない僕は毎日早起きをし、このときも朝の4時ごろからテレビを見たり部屋をうろうろしながら、窓の外に明け行く空を、カメラに収めたのだった。

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PENTAX Optio S5i
0.3s F2.6
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by ryua210 | 2006-08-31 23:38 | 写真生活

カラフル

今年の冬だったか、三丁目の夕日という映画を見た。非常によくできた映画で、僕は感動もし納得もし、昭和中ごろという時代に限りないいとおしさを感じた。すごく単純ではあるけど、みんなが将来に希望を持っていた時代、物質的には今より全然豊かではないのに人の心に人間味があふれていたような時代。僕は知りもしないのに懐かしさすら感じた。希望が持てるということはすばらしいことだと、つくづく感じたものだった。この映画はここ数年で見た中では「リンダリンダリンダ」と並んでいちばん好きな映画のひとつだ。数年前、NHKの朝の連ドラでも昭和初期の大阪のパン屋さん一家を舞台にしたのがあって、このときも同じように懐かしさを感じた。

お台場に「xx丁目商店街」みたいな名前の、昭和初期を擬した商店街がある。ここはまさに3丁目の夕日の舞台です、といわんばかりの(ある意味)風情ある町並みを見事に再現している。いつかここで、好きなだけ撮影ができたらなとひそかに思っている。この写真は正直何屋さんか覚えていないけれど、金平糖だったかなあ。

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ちなみにおせっかいながら3丁目の夕日ホームページのリンクをつけておきます。
http://www.always3.jp/
BGMが聴けると思いますが、この音楽もまたノスタルジアを掻き立てる秀逸なメロディでして、僕なんかはこれを聞くだけで涙がこみ上げてくる。
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by ryua210 | 2006-08-30 22:50 | 写真生活

ワイングラス

話せば長くなるけれどそこを短く言うと、この前(といっても2ヶ月ほども前)我が実家では家を建て替えるための上棟式を行った。これは要するに家を支える骨組みが出来上がったところで、新しい家の安全を祈願する儀式で、現代人の僕は生まれて始めてこれを経験した。大工さんや建築士さんが集まり、神主さんが神妙に儀式を執り行い、柱ばかりの敷地内で酒宴が催された。はじめはずいぶんたいそうなことをやるんだなと半ば他人事のように考えていた僕だったけれど、いい木を探しに高知まで出かけた話しや、棟梁の称賛の言葉(棟梁はしきりに木をほめていた)なんかを聞いているうちに、何かこう、これからできるこの家に対する愛着のようなものが湧いてきて、ああこれは、僕にとってもただの建物ではない何か大きな意味を持つ家になるんだろうなという思いが去来するようになった。それは、この家を建てるに至った両親への敬服の想いであり、この家の建築にかかわってくれる数々の人への感謝の想いでもある。この家はうちの財産として、世々を経て子孫に伝えゆかなければならない、大げさに言えばそういう気持ちを味わうに至った。家と言えばすでに出来上がったマンションや建売住宅が当たり前と思っている僕には、非常に新鮮な気持ちだった。

この写真は、建て替える前野家の玄関に咲いていたチューリップ。
ワイングラスのような丸みがきれいで、思い切りそばによって撮影した。

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PENTAX OptioS5z
1/100 F3.5
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by ryua210 | 2006-08-20 16:03 | 写真生活