PENTAX写真生活


by ryua210

キャッチボール

野球を見るのは好きだ。
ノックを受けたりするのも嫌いではない。
1年だけ所属した野球部では、外野ノックで落下点に先にたどり着けた時などはは快感だった。
でも野球が好きなのはそこまでで、野球の試合をやるのは好きではない、と思う。
何しろ野球は難しい。
状況によってどこにボールを投げればいいとか、どんな打球が飛んだらランナーはどのように動けばいいとか、そういう基本的なことからして難しい。
それに加えてサインプレーがあったり、駆け引きなどが絡んでくると、もう僕の頭では全くついていけない。
でもキャッチボールは好きだなあ。
自分の投げたボールがよい軌道で思ったところに到達したり、相手から来たボールがいい音を立ててグローブに収まったりしたときは本当に快感だ。
プロ野球のキャンプのニュースで、ブルペンで投球練習をしている様子が映される時があって、それをみているだけでも気持ちがいい。
あまり現実的ではないけど、もしあのブルペンのようなところで投げられる機会があるなら、このなまった体を鍛錬するトレーニングをしてでもやってみたい。
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# by ryua210 | 2012-01-10 06:35 | 散文

自己啓発本

成功本とか自己啓発本というのが世の中に氾濫している。
日経新聞の2-3面の下の欄あたりに毎日のように宣伝が出ている。
ここ数年、タイトルの凝ったものが出てくるようになっていて、「xxxな人はどうして・・・なのか」と一見関係のない事象をつなぎ合わせて好奇心を喚起するものとか、「xxxのための○○(数字)の習慣」、などと「7つの習慣」の成功の流用のようなものが多い。
それでも現状に不満を持っていたり将来に不安を感じている人の心に響くようなタイトルをつけてあるから、僕もしばしば読んでみたくなる。日本にいたらあっさりとかっているかもしれない。しかしこのタイトルと中身が全然連動していないものや、タイトルがひどい「釣り」であることが多い。自分や他人の成功事例の説明だけだったり、すでに流布している節の焼き直しだったりすると、がっかりする。僕の場合はBookf offで2ユーロで買うものだけだから被害額はそれほど大きくはないけれど。
ただ、これだけ実用書や自己啓発本が氾濫しているわけだから、粗悪品が出回るのも仕方ないとは思う。また、そもそも本を1冊読んだぐらいですべてが改善したり収入が大幅に伸びるというようなことはありえない。たぶん世の中に成功するための唯一の習慣とか勉強法とか考え方があるわけではないのだろうと思う。成功した人はそれぞれの環境で、独自の価値観や人生観に基づいて、自分で考えた方法や習慣によって、成果を収めているので、それは他人が簡単にまねできるような法則として一般化することはたぶんできないのだろう。
だから結局はすべて、自分で考えて行動することが大切と、自分に言い聞かせている。
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# by ryua210 | 2012-01-09 03:34 | 散文

早起き

これが本当に難しい。
早起きは三文の徳という言い回しに代表されるように、早起きの効能が説かれることは多い。
仕事のできる人はみんな早起き、朝のうちの仕事を終わらせよう、すっきりした朝の気分を味わうことは大切などなど。確かに朝早く起きて、その時間を有意義に使えれば普段できないことができたり、仕事の効率が上がったり、会社から早く帰れたりするかもしれない。本を読んだり運動をする時間ができるかもしれない。健康にもいいだろう。そう考えると早起きをするモチベーションが上がっては来るけれど、それを実行するというのは全く別のことだと痛感している。半年ほど前から、7時前に起きることを目標に6時半に目覚ましを鳴らすようにしていて、週に半分ぐらいは起きるようにはなっている。でも6時半起きだと、朝に自由に使える時間はせいぜい30分ぐらいで、とてもゆったり過ごしているという感じではない。しかも無理矢理起きても頭はぼんやりしているしまぶたも重い。何よりも、朝の布団のぬくもり以上に魅力のあるものは想像できない。だから、早起きがいいということは十分に理解しているつもりでも、それが自然な習慣としてはなかなか定着してくれない。それに輪をかけて欧州の冬は朝が遅い。最近では8時になってもまだ薄暗いので、起きるころには本当に真っ暗で、起きる気分を阻害する。

今日は起きたら8時半だった。
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# by ryua210 | 2012-01-08 01:08 | 散文

たまにすごくきれいな空の景色に出会う。
雲一つない快晴の空
日が沈んだ後の紺色のきれいなグラデーション
厚い雲の隙間から太陽の光が差し込む様子
燃えるような丸い夕日がゆっくりと沈んでいくところ
朝日が昇る前のうっすらと明るい東の空
バックミラーに映った残照
建物の間にわずかに見えるオレンジ色の夕焼け
などなど。
それはたいてい仕事中か通勤中で、写真に撮ることほとんどない。
ものすごく写真に残したいけど、カメラがなかったりガラス越しだったり一瞬のことだったり手が離せなかったりする。
だから余計に印象に残ったりしばらく見とれてしまったりするのだなあと思う。
空ほど毎日見て変化のある美しいものはない。
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# by ryua210 | 2012-01-07 06:28 | 散文

接客態度

フランスの店員の愛想の悪さとか行儀の悪さを前に、心の平穏を保つのは難しい。
僕がよく行くFnacという店では、ポケットに手を入れたり棚にもたれかかったりしながら接客するのは日常茶飯事で、一度は客を前にして鼻をほじっている店員を見たことさえある。客を捕まえようという意思は感じられないし、ご来店ありがとうございます的な雰囲気は一切ない。在庫を問い合わせてもコンピュータをたたいてなければないで終わり、知人から聞いた話では存在する製品をないと答えた店員さえいる。相手がフランス語のできないアジア人だという理由はあると思うけれど、日本の接客を知っている人間にとっては考えられないことばかりだ。そんな店員を雇用していても商売が成り立つ小売業というのもまた理解ができないところではある。そう考えると日本の接客というのはどうしてあれほど丁寧で親切で客を神様というほどへりくだるのだろうという気もしてくる。フランス人があれを見たらカースト制か何かと勘違いされるかもしれない。しかも日本人のの店員だって客のことを心底神様と思っているというよりは、売るための手段としてへりくだっているだけなのではないか。そういう過剰な気遣いをして社会全体がストレスを溜め込むとしたら、どっちがましなのかと思う。
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# by ryua210 | 2012-01-06 07:09 | 散文

勇気

世の中で功を成し名を遂げるのに一番大事な人間の要素は「勇気」ではないかなと思う。
勇気があれば色々な、普通ではできないような行動をすることができ、行動をすることで多くのことを学んだり、物事の流れが変わったり、自信が付いたりする。理屈や理論より行動によって経験を積み成長するということは間違いのないことだと思うけれど、その行動をするために非常に勇気がいることがある。僕には勇気がなくてできないことがたくさんあり、というか9割9分のことは勇気がないためにできていないことだと言ってもいい。だから勇気を持ってそれをやっている人たちと比べるともう途方もない差ができてしまっているんだろうなという気がする。この、勇気の出し方というのは誰も教えてくれないから自分で考えるしかない、考えても仕方ないから結局は勇気を出してやってみるしかない、という堂々巡りになる。かくしてやはり、「勇気」のある人こそ成功に値する人間になるのだなと思う。
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# by ryua210 | 2012-01-05 07:25 | 散文

久石譲

世の中に名曲と呼ばれるものはたくさんあるけれど、僕が名曲と感じているもののひとつが、久石譲のSummerという曲だ。車の宣伝にも使われていたような気がするけれど、僕の中のイメージでは「菊次郎の夏」という映画のテーマ曲が大きな部分を占めている。この曲を聴くと心がさわやかになったり、現実から心地よい世界にふわりと連れ出されたり、懐かしいような気分がしたりする。これは今まで出会った中でも5本の指に入る名曲だなと思っている。
久石譲にはこのほかにも名作がたくさんあって、スタジオジブリの映画はほとんど作っているかもしれない。その中で一番いいのはやはり「となりのトトロ」か。天空の城ラピュタの曲も印象的。サントリー伊右衛門の曲も心に残る。最近ではNHK「坂の上の雲」のテーマ曲がまたすばらしかった。どこからこう次々といいメロディが出てくるんだろう。
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# by ryua210 | 2012-01-04 07:03 | 散文

スピード

昨今の世の中で絶対的な価値を占めるものに「スピード」というのがある。
早い決断が求められ、早く結果を出すことが必要で、早くやった人が勝ちで、早くできない人は取り残される。メールやモバイル機器などのIT環境の普及で、この傾向がここ10-20年でものすごく加速したと思う。世の中のあらゆることがIT業界のドッグイヤーというものに巻き込まれて、そのスピードについていけないものは繁栄から取り残されてゆく。このシステムの中でスピード以外の価値が貶められて、世の中にいろんな弊害を生んでいるに違いないと思う。ものごとの質が下がったり、人間関係がギクシャクしたり、人の心から落ち着きが奪われたりと。どうしてこれほどスピードに追われないといけないんだろうと、がっかりすることがよくある。でもそれが今の世の中を支配しているから、その流れに乗らないと生きていくのはなかなか難しい。
BODY SHOPの創業者が「都会人の8つ目の大罪はスピード」と語った記事を読んだことがある。こんな経営者は世の中にほとんどいないのではないかと思う。でもこの急激過ぎるスピード化の進展はいつか限界を迎えて、他の価値に取って代わられるに違いない。ことがスピード化であるだけに、その限界もかなりのスピードで訪れると思う。
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# by ryua210 | 2012-01-03 05:36 | 散文

サッカー観戦

今日は久しぶりにサッカーを見た。
天皇杯の決勝戦、京都vs東京、新旧首都対決。
Jリーグで応援するチームは特別に決めてはいないけれど、関西のチームということで京都を応援しながら見ていた。
結果は残念ながら、セットプレーとカウンターで4点を失って、追いつけないまま終わってしまった。
やっぱりスポーツ観戦は面白いなと思う。
でもめったに見られないので、選手の特徴とかそれまでの経緯があまりわからないから、それが本当に惜しい。
そういうのがわかっていると、応援にも身が入るし見方もより深くなって楽しい。
あとやっぱり日本語の実況と解説をしてくれるのがとても助かる。
フランスの放送だと、まず無料放送の中継が少ないうえに、フランス語で実況するから、Attention以外はさっぱりわからない(ということをワールドカップの時に痛感した)。
今日の試合でいうと、京都のプレースタイルの解説や、東京の選手の特徴の説明などが観戦するのには参考になった。
ちなみに今日のベストプレーは、東京の3点目のカウンターアタックだった。
理想的には、イングランドがスペインなんかを相手にこういうのを決めてくれると、胸がスカッとすると思う。
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# by ryua210 | 2012-01-02 00:43 | 散文

今年を振り返る

自分の回りに戦争や飢餓がなく、目に見える体調不良や病気もなく、貧困にあえいでいるわけでもないという状態でいられることは、地球レベルで見るととても幸せで恵まれたことだと思う。それを今一度自分に言い聞かせた上で、やっぱり、今年は厳しい年だった。成長している充足感がなく、時間を空費しているのではないかという恐れを感じ、価値観をなかなか定められず、将来への足掛かりをつかむことができず、精神的に不衛生で不安定だった。その元には会社の業績不振という大きな要因があるのは分かっている。(そもそもパリが嫌いなのも、パリに来てからいっそう売上が下がり、健全な精神で仕事に向かうのが難しくなったという理由が大きいと思っている。)そしてそれに対して有効な手を打てず、ただ状況に流されてしまっている自分にさらに嫌気がさすという悪循環が続いている。多少の反攻を試みても結果や成果として見えることはほとんどない。突然こういう状況になったわけではなくて、何年か前から徐々にこうなってきたので、今年が特別ということはないけれど、仕事以外でも厳しい現実に向き合わされたこともあり、社会人になって10年間のうちでワースト3に入るぐらい重たく暗い年だった。
年が変わったからといってそういう状況も変わるというような都合のよいことはないので、多分しばらくはこのような状況を耐え忍んでいかないといけないのだと思う。来年はせめて、物事に少しでも前向きに取り組み、成果は見えなくても成長への種まきぐらいは積み重ねていけるようになりたい。
冴えない2011年さようなら。
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# by ryua210 | 2012-01-01 00:15 | 散文

今年を振り返る 食事

何が一番おいしかったかというとまあそれは、家で食べる豚肉の生姜焼きだったり、鮭のホイル焼きだったりするのですが(と奥さんにおべんちゃら)、それとは別に印象的なものはというと、リヨンのポール・ボキューズではないかと思う。これは最近はやりのモダンなフレンチというのとは一線を画する、伝統的なフランス料理の王道という感じで、質の高いものが大量に供される。サービスは格式がありながらも肩肘張らないもので、料理を楽しむという最大のポイントが意識されていると思う。
日本に一時帰国した時の有馬温泉竹取亭の夕食および朝食も忘れられない。温泉旅館というものの素晴らしさを、何度も妄想はしていたけれど、期待を上回る満足度だった。温泉があり旅館の食事があるというだけで、日本には住む価値があると思うほどだ。これ以外にも日本ではごちそうになった寿司とかステーキとか居酒屋とか、とにかく食事は日本が最高だと思った。
かえってフランスでは、会社の近くにあるレストラン(日本でいう定食屋みたいな)の料理人が変わったらしく、美味しい料理が提供されるようになった。なかでもディジョン名物ブフブルギニョンという料理がおいしい。ディジョンに行ったときにも食べられなかったけれど、この定食屋では何度も食べられた。
パリのレストランでは、エッフェル塔の近くにある「カフェ・コンスタン」と「ココット」。どちらもすべての料理が良質でどれを選んでも間違いがない気がした。あまり電車に乗って食べに行きたいという標準レベルのレストランはないけれど、このふたつは珍しくその価値のあるレストランかなと思った。
最後に何度行っても満足できるのは、パリの串揚げ料理店SHU。ここにはもう今年だけで4回行ったし、通算では8回ぐらい行ったと思うけれど、まだ飽きない。前菜も串揚げの具も毎回のように変わるし、どれを食べてもおいしいし、焼酎や日本酒が飲める。これほど何回も行けるレストランはそうないと思う。

今年もおいしいものをたくさん食べさせていただいて、ありがとうございました。
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# by ryua210 | 2011-12-31 06:53 | 散文

今年を振り返る 本

一番おもしろかったのはダン・ブラウン「天使と悪魔」。「ダ・ヴィンチコード」でも十分面白いと思っていたけれど、ローマを舞台としたこちらはもっと面白かった。歴史の謎のような僕の好きな題材を正面から扱っていて、しかもその謎を現代の問題に絡め、抜群のスリルとスピード感で読ませ、謎解きも落とし方も完璧で、すばらしかった。ダン・ブラウンってすごい。
これがダントツに面白くて2番目をあえて挙げるのは難しいので、下の4冊はほぼ並列。

松岡圭祐「千里眼」。これも僕の大好きなエンターテイメント小説で、スリルとサスペンスに富む。絶体絶命状態からの脱出や意外な犯人などストーリーもよかった。
東野圭吾「手紙」。これは犯罪加害者の親族がテーマで少し考えさせられる内容。たいへん感動する場面があった。東野圭吾は多作の人のようだけれど、このように質の高い話が書けるのには感心する。
高橋克彦「歌麿殺人事件」。高橋克彦には江戸時代の浮世絵とか絵師を題材にした作品がいろいろあったと思うけれど、これはは特によかった。舞台は現代で歌麿の作品を巡る事件の短編集になっていて、それぞれの短編が次の作品の伏線のようになっているところがあるのが素晴らしい。事件の解決方法も破たんがない。
福井晴敏「Tweleve Y.O」。沖縄や米軍、自衛隊の諜報組織を舞台とした、日常生活をはるかに超絶したストーリーで、スリルとスピード感があり、人間味にもあふれる。この話が「亡国のイージス」につながる。
江戸川乱歩賞の受賞作は、はずれが少ないという気がする。
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# by ryua210 | 2011-12-30 04:57 | 散文

代々木ゼミナール

大学に入るために1年浪人した。
この期間というのは、次も失敗したらどうしようというプレッシャーを強く感じて、精神的にはかなり厳しい時期だった。今思い出しても、これほど「失敗したらどうしよう」という不安におびえて過ごした日々はあまりなく、恐怖にも近いものがあった。
その一方で、通っていた予備校の先生はみんなすばらしかった。
受験のための授業をしてくれるわけで、小手先のテクニックなどももちろん教えてくれるが、そんなことよりも何よりも、問題を解くための心構え、ものの考え方、背景の説明などが高校の先生よりも圧倒的に優れていて、「ものが分かる」「理解する」ということはこういうことなのかという感動を味わわせてもらった。単に目の前の問題の解き方がわかるという小さなことではない、いかようにも応用の効く考え方を教えてもらった。
数学の宮崎先生、湯浅先生には、解答の端緒さえ分からなかったような問題を知恵の輪が外れるがごき方法で解きほぐす考え方を教えてもらった。
日本史の土屋先生や世界史の荻野先生には、記憶力ではなくて背景の認識、時代の流れを把握することによってものを覚える方法を教えてもらった。
現代文の森先生には、出題者の視点に立ち、論理的な方法で現代文を読み解く方法を教えてもらった。
さらに素晴らしいことに、これらの先生方は、受験勉強と同時に人生そのものについても多くを語ってくれた。
いわゆる「余談」の部分が充実していて、人生に多くの示唆を与えてくれた。
代々木ゼミナールの1年間は、学生時代の中で一番充実していたかもしれない。
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# by ryua210 | 2011-12-29 05:37 | 散文

原発の賛否

原発をやめるということが現実的ではないという意見があるのは、よくわかる。
自然エネルギーは不安定でコストが高い、資源に乏しい国の自衛策としては維持せざるを得ない、安全対策を強化すれば災害にも対応できる、地方経済が原発の交付金に依存しているなどなど、いろいろな立場の人が、その非現実的な理由を挙げているし、ある程度は正しいのだと思う。
しかし、そうはいっても、これだけ多くの人が放射能におびえ、住み慣れた場所を追い出され、これだけ多くの農業・漁業・畜産業者が風評被害に苦しみ、修復作業に限りない作業員が被ばくの危険を冒し、廃炉にするだけで何十兆円もコストがかかり、何百年の後までも汚染の被害が消えないという、このあまりにも重たい現実を考えると、原発を推進するための理由などはあまりにも些細で根拠の弱い主張に聞こえる。このあまりにも深刻な現実はどんな理屈よりも優先するのではないかと思う。不安定な電力供給も、資源の海外依存も、知恵を絞ったり生活を多少犠牲にすれば対応できると思うけれど、原発事故の被害だけは一度起こったらもう壊滅的な被害をもたらすということがわかっている。そのことをせめて反省しないと、今回の事故の被害者にあまりにも申し訳がないのではないかと思う。
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# by ryua210 | 2011-12-28 06:05 | 散文

政治家

昨今の日本の政治家は(少なくとも表に出てくる人たちは)ひどい、というのはたぶんほとんどの人が同意することだと思う。一貫しない政策や将来のビジョンを一向に示すことができない有様は、とても国を引っ張っていく人たちの集団には見えない。繰り返される不用意発言にはもう、呆れるあまりに憤りさえも感じなくなる。
このような政治家たちが、国を代表して他国と話ができるとは思えないし、将来の日本のことを考えて何か行動しているとも思えない。結局のところ自分と自分の身内の利益のために、企業や官庁と癒着することに忙しくしているだけのように見える。
しかし突き詰めていうとこれらはすべて、このような人たちを選挙で当選させている国民そのものに起因することも間違いない。良い立候補者が出ないとしたらそれも国民の層の浅さ、レベルの低さの反映にすぎない。政治能力があるとは思えないタレント議員があれほど当選するのをみるたびに、いったいどれぐらいの日本人が、そのタレント議員が本当に政治家として活躍できる能力があると本気で思っているんだろうと、心から疑問に思う。
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# by ryua210 | 2011-12-27 06:07 | 散文